東京高等裁判所 平成2年(行ケ)157号 判決
第一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。
第二 そこで、原告主張の審決取消事由の当否を検討する。
一 成立に争いない甲第二号証(特許出願公開公報)によれば、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果が左記のように記載されていることが認められる(別紙図面A参照)。
1 技術的課題(目的)
本願発明は、導電性複合繊維に関する(第一欄第一九行及び第二〇行)。
導電性粒子(金属粒子あるいはカーボンブラツクなど)を混合したポリマーから成る導電層と、繊維形成性ポリマーから成る非導電層が接合された複合繊維は周知であり、制電性を付与する目的で他の繊維に混用して用いられている(第一欄第二一行ないし第二五行)。
しかしながら、カーボンブラツクを混合した繊維は黒色又は灰色に着色する欠点があるのみならず、紡糸材に導電性を与えるほど多量のカーボンブラツクを混合すると、流動性が著しく低下するとともに紡糸装置内にカーボンブラツクが沈着し安定に紡糸することが困難である。また、金属の超微粒子は極めて高価で実用性が乏しいのみならず、粒径が小さな金属粒子は相互に融着(焼結)するので、その混合物を溶融複合紡糸することは非常に困難である(第一欄第二五行ないし第二欄第一三行)。
本願発明の技術的課題(目的)は、着色が少なく、かつ、製造が比較的容易な導電性複合繊維を創案することである(第二欄第一四行及び第一五行)。
2 構成
本願発明は、右技術的課題(目的)を解決するために、その要旨とする特許請求の範囲第1項記載の構成を採用したものである(第一欄第二行ないし第一〇行)。
本願発明の特徴は、導電性粒子として、導電性被膜を有する酸化チタンを用いたことである。すなわち、安定で導電性を有する金属酸化物を主成分(五〇%以上)とし、これに少量(五〇%以下)の第二成分を添加したものを導電性被膜とすることによつて、導電性を著しく高めることができる。第二成分としては、例えば、異種金属の酸化物又は/及び同種・異種金属などが挙げられ、酸化錫/酸化アンチモンなどが好適である(第二欄末行ないし第三欄第一九行)。
酸化チタンは粒径0.2μm以下のものが、白色顔料として商業生産されている(第三欄第三九行ないし第四一行)。結晶性が高いポリマーに導電性粒子を混合すると、比較的少ない混合率で十分な導電性を得られることが多い。導電性粒子の混合率が高いほど混合物の流動性が低下して紡糸が困難になり、得られた繊維の延伸性あるいは強伸度が低下するから、導電性粒子の混合率は低いことが望ましく、したがつてポリマーは結晶性が高いことが望ましい。結晶性が高いポリマーを用いたものが導電性に優れる理由は、ポリマーの溶融時にはポリマー中に均一に分散している導電性粒子が、冷却固化(あるいは、延伸)によりポリマーの結晶化が進むと結晶部分から排除されて結晶と結晶の間に濃縮され、互いに接近あるいは接触して導電性構造を形成するためと考えられる(第四欄第二一行ないし第三六行)。
導電層における導電性粒子の混合率は、粒子の導電性、純度、構造、粒径、粒子の連鎖形成能及び混合されるポリマーの性質、種類及び結晶化度によつて変わるが、五〇~八五重量%程度であつて、八五重量%を越えると混合操作が困難となり得られる混合物の流動性が低下し紡糸が困難となり、五〇重量%以下未満では十分な導電性が得にくくなる(第五欄第四〇行ないし第六欄第三行)。
複合繊維の導電層の比抵抗は、106Ω・cm程度以下にする必要がある(第六欄第一七行及び第一八行)。
導電性成分と非導電性成分の複合(接合)はあらゆる形式が可能である。別紙図面Aは代表的な複合形式を示すものであつて、斜線部分が導電層である(第六欄第三九行ないし第四二行)。
3 作用効果
本願発明によれば、白色又は白色に近い導電性複合繊維を容易に製造できるから、白色又は淡色の繊維製品の製造に好適である。そして、本願発明の導電性複合繊維を他の帯電性繊維と混用することによつて、繊維製品に制電性を付与することができる(第七欄第一二行ないし第一七行)。
二 引用例3記載の技術的事項を引用例2記載の発明に適用すること(構成要件B)の予測性について
原告は、引用例2記載の発明は多目的に使用し得る制電性合成重合体組成物に関するものであるのに対し、引用例3記載の発明は感光膜の表面を保護する導電性塗料に関するものであるから、引用例3記載の技術的事項を引用例2記載の発明に適用することは当業者が容易に予測し得なかつた事項である、と主張する。
そこで、まず引用例2記載の発明の技術内容を検討するに、成立に争いない甲第四号証(特許出願公開公報)によれば、引用例2記載の発明は制電性合成重合体組成物に関するものであつて(第一頁右下欄第一九行及び末行)、合成重合体は物理的性質あるいは化学的性質に優れ広く利用されているところ、絶縁抵抗性が高く帯電しやすい欠点があり、これを抑制するために界面活性剤、金属粉あるいはカーボンブラツク等を合成重合体に導入する方法が実用化されているが、これらの帯電防止剤は合成重合体への分散が悪かつたり合成重合体の性質を劣化させたりするものが多い(第二頁左上欄第五行ないし第一九行)ことを従来技術の問題点として捉え、合成重合体本来の優れた性質を損うことなしに分散性が良好で恒久的な制電効果が得られるもの(第二頁右上欄第三行ないし第五行)の創案を技術的課題(目的)として、「合成重合体中に酸化第二錫で表面をコーテイングした酸化チタン微粒子を分散せしめた制電性合成重合体組成物」(特許請求の範囲第1項)及び「合成重合体中に酸化第二錫で表面をコーテイングした酸化チタン微粒子とカーボンブラツクとを分散せしめた制電性合成重合体組成物」(特許請求の範囲第6項)を要旨とする構成(第一頁左下欄第五行ないし第七行、同頁右下欄初行ないし第四行)を採用することによつて、その制電性合成重合体組成物が繊維(複合繊維の一成分とする場合を含む。)、プラスチツクス、フイルム、ゴムあるいは塗料等として優れた性質を有する製品を提供でき、工業的価値が極めて大きい(第三頁第三行ないし第七行)との作用効果を奏するものと認められる。
そして、前掲甲第四号証によれば、引用例2には、その発明の実施例1として、ナイロン6チツプ九〇部及び表面を一〇重量部%の酸化第二錫でコーテイングした酸化チタン微粒子一〇部を溶融紡糸し延伸して得たナイロン繊維の編地の摩擦帯電圧が二〇〇ボルトであつたこと(第三頁左上欄第一〇行ないし右上欄第一〇行)が記載され、また、実施例8として、ナイロン6チツプ九〇部、表面を一〇重量部%の酸化第二錫でコーテイングした酸化チタン微粒子五部及びカーボンブラツク五部を溶融紡糸し延伸して得たナイロン繊維の編地の摩擦帯電圧が二〇〇ボルトであつたこと(第三頁左下欄下から第三行ないし右下欄第一三行)が記載されていることが認められる。このように、引用例2記載の発明の合成重合体組成物から得られる繊維は、帯電紡糸剤として、表面を酸化第二錫でコーテイングした酸化チタン微粒子を単独で配合したときと、表面を酸化第二錫でコーテイングした酸化チタン微粒子及びカーボンブラツクを併せ配合したときとで、制電性に全く差異が認められない。
ところで、カーボンブラツクを配合した繊維が黒色又は灰色に着色すること、及び、酸化チタンが白色顔料であること(本願公報第一欄第二六行及び末行、第三欄第三九行及び第四〇行)は前記のとおりであるから、引用例2記載の発明が、帯電紡糸剤として、表面を酸化第二錫でコーテイングした酸化チタン微粒子を単独で配合するものと、表面を酸化第二錫でコーテイングした酸化チタン微粒子及びカーボンブラツクを併せ配合するものの双方の構成を採用したのは、制電効果が異なるものを得ることを企図したのではなく、同様の制電効果を有する着色した合成重合体組成物と白色の合成重合体組成物の双方を得ることを企図したものと考えるのが相当である(このことは、引用例2記載の発明がその制電性合成重合体組成物の用途として、前記のように繊維のみならずプラスチツクス、フイルム、ゴムあるいは塗料等と極めて広範囲のものを挙げていることによつても裏付けられる。)。したがつて、引用例2記載の発明は着色が少なくカーボンブラツクを使用したときと同程度の帯電防止効果を有する複合繊維を得ることを技術的課題(目的)の一つとするものと解される。
一方、成立に争いない甲第五号証によれば、引用例3記載の発明は導電性塗料、特に透明度を有する導電性塗料に関するもの(第一頁左欄第二行及び第三行)であり、導電性塗料とは例えば光導電性物質面を保護するための塗膜を形成し、あるいは絶縁物の表面に帯電を防止するための塗膜を形成するとき使用するものであるが(第一頁右欄第二三行ないし第二五行)、塗料の中に混入する粉体は無色透明のものに限らず、任意の色調を有し塗料として有色であつてもよい(第一頁右欄第七行ないし第九行)として、「透明又は任意所要の色調の粉体の表面に透明にして導電性を有する被膜を被着して成る粉材を混入し導電性を賦与したことを特徴とする導電性塗料」(第二頁右欄第六行ないし第八行)との構成を採用したものと認められる。そして、有色粉体の一例として白の酸化チタンがあり、これに透明導電性被膜を被覆すること(第一頁右欄第一六行ないし第二二行)、透明導電性被膜を被覆する方法の一つである錫塩の加熱分解により酸化錫の被膜を粉に付ける方法の例として、審決認定の四塩化錫五水加物一〇〇g、塩化アンチモン一g、塩酸及び水の混合液を加熱した粉体に吹き付け、加熱分解によつて導電粉末を作ること(第一頁左欄第一七行ないし第二七行)が記載されていると認められる。
そうすると、引用例2記載の制電性合成重合体組成物の用途の一つとして挙げられている塗料は引用例3記載の発明が対象とする導電性塗料と共通し、かつ、白色の酸化チタン粒子を導電性被膜で被覆して導電性粒子を得るという構成においても、引用例2記載の発明と引用例3記載の発明は全く共通している。したがつて、引用例2記載の発明において酸化チタン微粒子を被覆している酸化第二錫のみから成る導電性被覆を、同じく酸化チタン粉体を被覆している導電性被膜である引用例3記載の、第一成分である酸化錫と第二成分である酸化アンチモンから成る導電性被膜に置換することによつて導電性をさらに高めるように試みることは、当業者ならば容易に想到し得た事項であると解するのが相当である。
この点について、原告は、引用例3には導電性被膜を形成する金属酸化物の第一成分に第二成分を配合することによつて導電性が改良されることは開示されていない、と主張する。
しかしながら、酸化錫のみから成る被膜自体が導電性を有することは技術常識である。また、成立に争いのない甲第六号証によれば、引用例4には、「スプレイ液はSnCl4を主成分とし、Sbcl3などを少量含んでおり、SnCl4の加水分解を防ぐために塩酸酸性にしてある。水の代りにアルコールを溶剤とする場合もある。この液を、基体ガラスを五〇〇~八〇〇℃に加熱しておいて、スプレイガンにより微細な霧にして吹き付ける。(中略)水溶液中の塩化物は、熱分解によつて酸化物被膜を形成する。Sno2単独の場合には被膜の抵抗は高いが、図1に示すようにSb2o3を加えると電気抵抗は一度急激に低下し」(第八二頁右欄第七行ないし第一八行)と記載され、また、成立に争いのない乙第六号証によれば、田部浩三ほか二名編「金属酸化物と複合酸化物」(株式会社講談社一九七八年四月二〇日発行)には、「Sno2薄膜のおもな生成法は、五〇〇~八〇〇℃に加熱した基板上にSnCl4のアルコール溶液を噴霧して熱分解する方法で、SbをドープするにはSbcl3を添加した溶液を用いる。Sno2薄膜の比抵抗は102~103Ω・cmであるが、(中略)Sbをドープした薄膜は最低7×10-4Ω・cmまでの比抵抗が得られ」(第一三五頁第一四行ないし第一九行)と記載されていることが認められるから、Sno2を主成分とし、Sb2o3を少量含有する透明導電性被膜が、Sno2単独の被膜より導電性が優れていることは、本件出願前周知であるということができる。したがつて、引用例3記載の発明が殊更に酸化錫を第一成分とし、これと第二成分である酸化アンチモンから成る被膜を導電性被膜として例示している事実は、それによつて導電性を更に高めることを企図していることを示唆するものというべきである。そして、引用例3記載の右の酸化錫(第一成分)と酸化アンチモン(第二成分)の組合せは前記のとおり本願公報の第三欄第一五行ないし第一九行に「好適である」と記載されているものであり、引用例3記載の導電性被膜中の酸化錫(第一成分)と酸化アンチモン(第二成分)の重量比が審決説示のようにほぼ九八対二となることは原告も認めて争わないところであるが、この重量比が本願発明が要旨とする「五〇重量%以上の金属酸化物と五〇重量%以下の金属及び/又は該金属酸化物と異なる金属の酸化物」に含まれることはいうまでもない。したがつて、引用例3記載の導電性被膜は本願発明の導電性被膜と全く同様の比抵抗を示すものと解されるから、当業者が引用例3記載の技術的事項を追試して、酸化錫(第一成分)と酸化アンチモン(第二成分)から成る被膜の比抵抗を確認し、金属酸化物の第一成分に第二成分を配合することによつて導電性が改良されることを知ることには何らの困難も考えられない。念のため付言するに、前掲甲第五号証によれば、引用例3には、審決認定の四塩化錫一〇〇g、塩化アンチモン一g、塩酸及び水の混合液を加水分解して得た酸化錫の透明導電性被膜によつてシリカエアロゲル粉体を被覆した粉末を使用した塗料の塗膜は、直角方向に、30~150Ω・cmの比抵抗であること(第一頁左欄第一七行ないし第二七行、第二頁左欄第四行ないし第一〇行)が記載されていると認められ、第一成分及び第二成分から成る導電性被膜が極めて低い比抵抗を示すこと(比抵抗の値が低いことは導電性が良好であることを意味する。)が明らかにされている(右粉末は透明のシリカエアロゲル粉体を第一成分及び第二成分から成る導電性被膜によつて被覆したものであつて、白色の酸化チタン粒子を被覆したものではないが、芯である非導電の物質がシリカエアロゲルであるか酸化チタン粒子であるかによつて導電性粒子の比抵抗に差異が生ずるとは解されない。)。
のみならず、前掲甲第六号証によれば、審決が構成要件Bの予測性の判断に当たつて援用した引用例4は、「工業材料」第一六巻第七号(昭和四三年七月一日発行)第八二頁ないし第八五頁に掲載されている八木幹彦ほか一名の「透明電導性ガラスの特性と応用」と題する論考であつて、透明電導性ガラスは板ガラスの上にSno2を主成分とする薄膜を付けたもので、電気伝導性であるとともに可視光に対して透明であるという極めて注目すべき性質を備えていること(第八二頁左欄初行ないし第七行)、Sno2単独の場合には被膜の抵抗は高いが、図1(別紙図面B参照)に示すようにSb2o3を加えると電気抵抗は一度急速に低下し、さらに添加量を増すと再び抵抗が増加するようになること(第八二頁右欄第一六行ないし第一九行)が記載されていると認められる。そして、図1には、Sno2被膜の抵抗に対するSb2o3添加の影響が図示され、Sb2o3含量が一%に至る直前において被膜抵抗が最低となり、以降、Sb2o3含量が約六%付近まではSb2o3含量が〇%のときの被膜抵抗より低い被膜抵抗となることが図示されていると認められる。したがつて、引用例4には、導電性被膜を形成する第一成分であるSno2に適宜の量のSb2o3を第二成分として配合すればSno2被膜の比抵抗を低下することができるとの技術的思想が明確に示されているというべきであつて、引用例4は導電性被膜を形成する金属酸化物の第一成分に第二成分を配合することに否定的な示唆を与えるという原告の主張は直ちに採用できない。
以上のとおりであるから、引用例2記載の導電性被膜を同じ酸化チタン粒子への導電性被膜である引用例3記載の導電性被膜に置換することにより構成要件A及びBを有する本願発明の構成とすることは当業者が容易に想到できる程度のものにすぎない、とした審決の認定判断に誤りはない。
三 引用例1記載の導電性粒子を、引用例2及び引用例3記載の技術的事項を組み合わせて得られる導電性粒子に置き換えること(構成要件A)の予測性について 原告は、引用例2記載の発明は多目的に使用し得る制電性合成重合体組成物であるのに対し、引用例1記載の発明は導電性複合繊維のように限定された目的を持つ発明であるから、引用例2に関する技術的事項を引用例1記載の発明に置き換えることは当業者が容易に想到し得た事項ではない、と主張する。
しかしながら、引用例2記載の発明が、着色が少なくカーボンブラツクを使用したときと同程度の帯電紡糸効果を有する複合繊維を得ることを技術的課題(目的)の一つとするものと解されることは前記のとおりである。
一方、成立に争いない甲第三号証(米国特許公報)によれば、引用例1記載の発明は織物用途に好適な色を有する導電性熱可塑性連続フイラメントに関するもの(第一欄第七行ないし第一〇行)であつて、導電性熱可塑性連続フイラメントは公知であり、フイラメント基体の表面被覆に用いるカーボンブラツクあるいは金属元素は熱可塑性フイラメントに高度の導電性を与えるが、材料を強度に着色するので織物への使用が妨げられる(第一欄第二二行ないし第二九行)ことを従来技術の問題点として把握し、抵抗が二キロボルトの直流電位において109Ω/インチ未満であり、かつ、非艶消し反射率が八%を超える導電性鞘/芯型フイラメントの創案を技術的課題(目的)とするもの(第一欄第五五行ないし第五八行)と認められる。そして、同号証によれば、引用例1記載の発明はクレーム1の、ヨウ化第一銅粒状物質をその中心に分散した熱可塑性重合体を含んで成る導電性芯を芯とする導電性鞘/芯型フイラメントにおいて約三一%の反射率を、クレーム2の、導電性酸化亜鉛粒状物質をその中心に分散した熱可塑性重合体を含んで成る導電性芯を芯とする導電性鞘/芯型フイラメントにおいて約五七%の反射率を有する(第五欄第一七行ないし第六欄末行)ことも記載されていると認められる。
そうすると、引用例2記載の発明の技術的課題(目的)と引用例1記載の発明の技術的課題(目的)が共通することは明らかである。したがつて、両発明は技術分野を異にするから引用例2に関する技術的事項を引用例1記載の発明に置き換えることは当業者が容易に想到し得た事項ではない、という原告の主張は失当である。
また、原告は、審決が説示するように構成要件A及びBから成る導電性被膜を有する酸化チタン粒子を引用例1記載の発明の酸化亜鉛等に置き替えることが容易に想到できるというためには、置換の結果として得られる導電性複合繊維が、白度及び導電性の点において本願発明が奏するような顕著な作用効果を奏することも容易に予測できなければならない、と主張する。原告の右主張は、技術的事項の置換の結果として奏される作用効果が顕著なものであることが予測し得なければ、当業者は構成要件A及びBから成る導電性被膜を有する酸化チタン粒子を引用例1記載の発明の酸化亜鉛等に置き換えることを試みないはずである、との主張と解される。
そこで検討するに、まず複合繊維の白度の点については、前記のとおり、引用例3に酸化チタンが白色の粉体であり、かつ、これを被覆する被膜が透明の被膜であることが記載されているのであるから、引用例2及び引用例3記載の技術的事項を組み合わせこれを引用例1記載の発明に適用して得られる導電性複合繊維が白度において優れたものになるであろうことは、当業者ならば容易に予測し得た事項と考えられる。また、引用例3にはその塗料が「導電性」であることが明記され、かつ、審決認定の酸化錫(第一成分)と酸化アンチモン(第二成分)から成る被膜を使用した塗料の塗膜が極めて低い比抵抗を示すと記載されていることは前記のとおりであつて、引用例2及び引用例3記載の技術的事項を組み合わせこれを引用例1記載の発明に適用して得られる導電性複合繊維が比抵抗において優れたものになるであろうことも、当業者ならば容易に予測し得た事項と考えられる。
この点について、原告は、引用例2には酸化第二錫で表面をコーテイングした酸化チタン微粒子の配合量は二〇重量%以下が望ましいことが記載されているが、そのような少量の導電性粒子の配合では導電構造を形成することができないし、引用例2には酸化第二錫で表面をコーテイングした酸化チタン微粒子を二三%配合した合成重合体組成物を溶融紡糸すると糸切れが多発し到底正常な繊維を得られないことが明記されているが、引用例1記載の発明の実施例ⅢないしⅤでは導電性材料が六五%ないし八三%使用されているから引用例1記載の技術的事項と引用例2記載の技術的事項の組合せに想到することは当業者にとつても困難であつた、と主張する。
しかしながら、引用例2記載の酸化チタン微粒子の右配合量は、合成重合体組成物全体に対する配合率である。これに対し、引用例1記載の発明の実施例ⅢないしⅤの導電層は、六五~八三重量%の導電性粒子と非導電層より実質的に少なくとも三〇℃低い融点を有する結晶性の熱可塑性重合体三五~一七重量%によつて形成されている(したがつて、六五~八三重量%という配合量は、導電層に対する配合率である。)。また、引用例1には導電性の鞘芯型複合繊維においては芯部の導電性(連続性)を破壊しないように延伸するために芯部組成の重合体として鞘部形成用重合体より低い融点を有する熱可塑性重合体を用いることが記載されていることは、原告も認めて争わないところである(ちなみに、本願発明は導電性被膜を有する酸化チタン粒子の配合率を五〇~八五重量%と限定しているが、これも導電層に対する配合率であつて、導電層は、右酸化チタン粒子とともに繊維形成性重合体より少なくとも三〇℃低い融点を有する結晶性の熱可塑性重合体五〇~一五重量%によつて形成されるのである。)。したがつて、繊維形成性重合体より少なくとも三〇℃低い融点を有する結晶性の熱可塑性重合体の配合を要件とする引用例1記載の発明あるいは本願発明の導電性粒子の配合量と、これと異なり繊維形成性重合体より少なくとも三〇℃低い融点を有する結晶性の熱可塑性重合体の配合を要件としない引用例2記載の導電性粒子の配合量を単純に比較することは相当でなく、引用例2の「Sn・Tiを合成重合体に単独で分散せしめる場合にはその配合量は組成物三~二〇重量%とすることが望ましい」(第二頁左下欄第五行ないし第七行)との記載は、当業者が引用例2に関する技術的事項を引用例1記載の発明に適用してみることの妨げとならないというべきである。
以上のとおりであるから、構成要件A及びBから成る導電性被膜を有する酸化チタン粒子を引用例1記載の酸化亜鉛等に代えることは当業者が容易に想到できる程度のものにすぎない、とした審決の認定判断にも誤りはない。
四 本願発明が奏する作用効果について
原告は、本願発明は得られる導電性複合繊維の白度及び比抵抗において顕著な作用効果を奏する、と主張する。
しかしながら、引用例2及び引用例3記載の技術的事項を組み合わせこれを引用例1記載の発明に適用して得られる導電性複合繊維が白度及び比抵抗において優れたものになると予測されることは前記のとおりであつて、その白度及び比抵抗の程度が本願発明の導電性複合繊維の白度及び比抵抗と格別の差異があると考えるべき根拠はない。
五 以上のとおりであるから、本願発明は引用例1ないし引用例4記載の技術的事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとする審決の認定及び判断は正当であつて、審決には原告が主張するような違法はない。
第三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却することとする。
〔編注〕本願発明の要旨は左のとおりである。
繊維形成性重合体から成る非導電層と、
該重合体よりも少なくとも三〇℃低い融点を有する結晶性の熱可塑性重合体五〇~一五重量%と、導電性被膜を有する酸化チタン粒子五〇~八五重量%とから成る導電層とが接合されて成り、かつ、
前記導電性被膜が、五〇重量%以上の金属酸化物と、五〇重量%以下の金属及び/又は該金属酸化物と異なる金属の酸化物とより形成されること
を特徴とする、導電性複合繊維